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 昔々、或るところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
 或る日、おじいさんは川へ洗濯へ、おばあさんも川へ洗濯へ行きました。

「ここんところ、野良仕事が忙しゅうて、洗濯物がたぁーっぷり溜まってしもうたからのう。今日洗わんと、明日は着るものがのうなってしまう」
「すまんねぇ、おじいさん。オラぁ、力がなくて、重い荷物を背負って川まで下って来るのも難儀でのぅ」
「いいってことよ。二人で洗えばこのくらい、すぐ終わるじゃろう。ほれ、川に着いた」

 川へ着くと、二人は、たんまり山のように溜まった洗濯物を、一生懸命洗い始めました。

――ゴシゴシッ、ゴシゴシッ、ゴシゴシッ

「あれまぁ、おじいさん。そんなに強くこすったら、服が破けてしまうよ」
「いや、お前こそ、そんなに弱い洗い方じゃあ、汚れが落ちないじゃあないか」
「そうかねぇ。オラぁ、力も体も弱くてねぇ。子供もついにできなかったし」
「子供のことは、おめぇのせいとはかぎらんて。もういいじゃないか。こうやって二人元気に楽しく暮らしておるのだから。さぁ、とっとと洗濯をしよう」
「あいよ」

 こうして二人が洗濯をしていると、川上から大きな大きな桃が、ドンブラコ、ドンブラコ、と流れて来ました。

――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ

「おやまぁ、おじいさん。ちょっとみてごらんなさいよ。見たこともない大きな桃が流れて来ますよ」
――ゴシゴシッ、ゴシゴシッ、ゴシゴシッ
――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ
「ほらほら、おじいさん。そんなに洗濯に夢中にならないで、ちょっと休んであれを見てごらんなさいよ」
――ゴシゴシッ、ゴシゴシッ、ゴシゴシッ
――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ
「ちょいと、おじいさん。桃を引き上げてみようと思うのだけれど、手伝っておくれ」
――ゴシゴシッ、ゴシゴシッ、ゴシゴシッ
――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ
「ほらほらほら、もうすぐそこですよ。ああ、ちょっとオラには重すぎますよ。あれえええ」
――ジャバーン
――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ

「おい、ばあさん。どうした、川なんぞに落ちて。しっかりせい」
「おじいさん、大きな桃を引き上げようとしたら、落っこちてしまって」
「ばあさんは力が弱いんだから、ワシに言ってくれれば良かったんよ」
「言いましたよ。でも、洗濯に夢中で、気づいてくれなかったんよ。もう」
「そりゃすまんかったのぅ。それで、その桃はどっこに行ったんかの」
「もうあんなに遠くまで流れて行ってしまいましたよ」

――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ

「ありゃあ、あれじゃあ追いつかんのう。まぁ、洗濯を続けるかの」
「もう、おじいさんったら、いっつもこの調子なんだから」

――ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ、ドンブラコ

 桃は、海に出てしまいました。



 金太郎はつぶやきました。
「あーあ、こんなところにまで来てしまったけれど、いつになったら帰れるのだろうか。悪い鬼が人々を困らせているって言うから殿様に着いて来たのに、鬼を退治しても、褒美をもらってしばらくすると、また別の悪いヤツを退治しに行くことになって。その悪いヤツを退治しても、また次のところに行って悪いヤツを退治するように言われて。世の中には、どうしてこんなに悪いヤツが多いのだろう。まったくキリが無いよ」
「悪いヤツを退治するっていうけれど、そいつを退治するために、まずそこに住んでいる百姓と戦わなければならない。悪いヤツでも殺すのは嫌なのに、百姓をやっつけるなんて、もう嫌だなぁ。大江山では鬼に酒を呑ませて騙し討ちをして、あの時は、なんて卑怯なんだ、と思ったけれど、今思えばまだマシな仕事だったなぁ」
「第一、悪いヤツ、悪いヤツ、と言うけれど、天子様に年貢を納めないというだけで、そいつの領内の百姓たちは普通に暮らしているのだし、何が悪いヤツなのかよく分からない。天子様の軍を攻撃したりするけれど、それは天子様の軍がそいつらを攻撃するからなのだし。いったい、悪いヤツと天子様、何がどれだけ違うのか、オラには分からなくなってしまったよ」
「もう難しいことを考えるのはやめよう。それよりも、足柄山を離れて、もう何十年も経つ。次郎は元気だろうか。立派な熊になっているだろうか。おっかぁはどうかなぁ。もう歳だし、心配だなぁ。昔は孝行息子だなんて言われていたけれど、こうやって殿様にくっついて何十年も帰っていないのだから、不孝もいいところだなぁ。“坂田金時”なんて大層な名前は要らないから、あの頃のただの“金太郎”に戻りたいよ」
「ああ、帰りたいなぁ」

  ・
  ・
  ・

「金太郎、金太郎やい」
「……ん? なんだぁ」
「金太郎やい。粟が煮えたぞい。早くお上がり」
「ああ、おっかぁ。おっかぁかい」
「なんだい、おかしな子だねぇ。次郎と何番も相撲を取るから、そんなに疲れて居眠りしちまうんだよ」
「ああ、そうか。夢だったのか。嫌な夢だったなぁ」
「それよりも金太郎、さっきエラいお武家さんが来て、なんでもお前を連れて行きたいって。次郎と相撲を取っていたのを見ていたんだとさ。ありゃあ、かなりの身分の御仁だねぇ」
「おっかぁ、断ってくれ。オラぁ、出世はもうこりごりだい。ずっとこの山で、おっかぁや次郎と一緒にいるのがいい」



 浦島は、浜に戻って来ました。
 しかし、そこは、浦島の知っている浜ではありませんでした。

「なんだぁ、亀のヤツ。場所を間違えて」

 しかし、しばらく歩いてみると、やはり浦島の住んでいた浜でした。そして、浦島の家があったところにまでたどり着くと、そこには家はなく、小さな塚があるだけでした。近くの人に訊いてみると、昔々に浦島という家があったが、ある日そこの息子が老いた母親を一人残して姿を消し、母親も間もなく亡くなり、村の人でその塚に葬ったという言い伝えがある、とのことでした。

「オラが海の中にいる間、こっちではずぅっと早く時間が過ぎていたのかぁ。ああ、どうしよう。知り合いもいないし、親もいないし、こんなところにおったって、もう何も良いことはない」

 浦島は、手元に一つ残された玉手箱を見つめました。乙姫様が別れ際にくれた、玉手箱です。そして、スッと立ち上がると、浜辺で遊んでいる子供たちの方に歩いて行きました。

「のう、坊主たち」
「なんだい、おじさん」
「おじさんの言うことを聴いてくれれば、この漆塗りのりぃっっぱな箱をやろう」
「わぁい、すごくきれいだね。いいよ。何すればいいの」
「いい子らじゃ、いい子らじゃ。それでは、浜辺で大きな亀を探しておいで。そうだな、なるべく大きな亀がいい。それで、そいつをいじめるんだ。すると、オラが、“これこれ、亀をいじめてはいかんよ。この立派な箱をやるから、放しておやり”と言うて止めに入るから、そこで亀をいじめるのをやめて、箱を受け取って立ち去るんだ。いいか、オラに言われていじめてた、なんて絶対に言ってはいかんぞ」

(2010.9.19)

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