トップ寝言>『百足般若経』

【画像】






【訓読】
 色なれば則ち空に似、空なれば則ち皆色なり。
 愛慾色色(いろいろ)、佛道空空(そらぞら)。

 「色」即ち是れ「空」、「空」即ち是れ「色」。 「色」是れ「色」に非ず、「空」是れ「空」に非ず。 是れ「色」にして是れ「空」、「色」に非ずして「空」に非ず。 「色 色ならず」とは即ち「空 空ならず」、「空 空ならず」とは即ち「色 色ならず」。
 「色に非ず」とは即ち「空に非ず」、「空に非ず」とは即ち「色に非ず」。 「色に非ず」とは「色に非ず」に非ず、「空に非ず」とは「空に非ず」に非ず。 是れ「色に非ず」して是れ「空に非ず」、「色に非ず」に非ざりて「空に非ず」に非ず。 「色 色ならずして無に非ず有に非ず」とは即ち「空 空ならずして有に非ず無に非ず」、「空 空ならずして有に非ず無に非ず」とは即ち「色 色ならずして無に非ず有に非ず」。
 「色に非ざるに非ず」とは即ち「空に非ざるに非ず」、「空に非ざるに非ず」とは即ち「色に非ざるに非ず」。 「色に非ざるに非ず」とは「色に非ざるに非ず」に非ず、「空に非ざるに非ず」とは「空に非ざるに非ず」に非ず。 是れ「色に非ざるに非ず」にして是れ「空に非ざるに非ず」、「色に非ざるに非ず」に非ずして「空に非ざるに非ず」に非ず。 「“色 色ならずして無に非ず有に非ず”とは“色 色ならずして無に非ず有に非ず”に非ず」とは即ち「“空 空ならずして有に非ず無に非ず”とは“空 空ならずして有に非ず無に非ず”に非ず」、「“空 空ならずして有に非ず無に非ず”とは“空 空ならずして有に非ず無に非ず”に非ず」とは即ち「“色 色ならずして無に非ず有に非ず”とは“色 色ならずして無に非ず有に非ず”に非ず」。
 「色に非ざるに非ざるに非ず」とは即ち「空に非ざるに非ざるに非ず」、「空に非ざるに非ざるに非ず」とは即ち「色に非ざるに非ざるに非ず」。 「色に非ざるに非ざるに非ず」とは「色に非ざるに非ざるに非ず」に非ず、「空に非ざるに非ざるに非ず」とは「空に非ざるに非ざるに非ず」に非ず。 是れ「空に非ざるに非ざるに非ず」にして是れ「色に非ざるに非ざるに非ず」、「色に非ざるに非ざるに非ず」に非ずして「空に非ざるに非ざるに非ず」に非ず。 「“?色 色ならずして有に非ず無に非ず'とは?色 色ならずして有に非ず無に非ず'に非ず”とは即ち“?空 空ならずして有に非ず無に非ず’とは?空 空ならずして有に非ず無に非ず’に非ず”」とは「“?色 色ならずして有に非ず無に非ず'とは?色 色ならずして有に非ず無に非ず'に非ず”とは即ち“?空 空ならずして有に非ず無に非ず’とは?空 空ならずして有に非ず無に非ず’に非ず”」に非ず、「“?空 空ならずして有に非ず無に非ず’とは?空 空ならずして有に非ず無に非ず’に非ず”とは即ち“?色 色ならずして有に非ず無に非ず'とは?色 色ならずして有に非ず無に非ず'に非ず”」とは「“?空 空ならずして有に非ず無に非ず’とは?空 空ならずして有に非ず無に非ず’に非ず”とは即ち“?色 色ならずして有に非ず無に非ず'とは?色 色ならずして有に非ず無に非ず'に非ず”」に非ず。

 即ち「是」にして即ち「非」、即ち「非」にして即ち「是」。 「是」は是れ「是」にして、「是」は「是」に非ず。「是」は是れ「非」にして、「是」は「非」に非ず。 「非」は是れ「非」にして、「非」は「非」に非ず。「非」は是れ「是」にして、「非」は「是」に非ず。
 即ち是れ「即ち色にして即ち空」にして、即ち「即ち色にして即ち空」に非ず。即ち是れ「即ち空にして即ち色」にして、即ち「即ち空にして即ち色」に非ず。 「色」は即ち是れ「色」にして、「色」は是れ「色」に非ず。「色」は即ち是れ「空」にして、「色」は是れ「空」に非ず。 「空」は即ち是れ「空」にして、「空」は是れ「空」に非ず、「空」は即ち是れ「色」にして、「空」は是れ「色」に非ず。
 此の言は即ち是にして即ち非、彼の言は即ち非にして即ち是。 「色即是色、色非是色、色即是空、色非是空」とは即ち是れ「色即是色、色非是色、色即是空、色非是空」にして、「色即是色、色非是色、色即是空、色非是空」とは是れ「色即是色、色非是色、色即是空、色非是空」に非ず。 「空即是空、空非是空、空即是色、空非是色」とは即ち是れ「空即是空、空非是空、空即是色、空非是色」にして、「空即是空、空非是空、空即是色、空非是色」とは是れ「空即是空、空非是空、空即是色、空非是色」に非ず。

【解題】
 この『百足般若経』は、つい先日、東京都府中市の民家にあるハードディスク内から画像が発見されたものである。画像は三枚からなり、末尾に「東洋文文研究所図書」という印が微かに見えるが、「東洋文文研究所」については一切が未詳で、従って現物の所在も不明である。すなわち、目下のところこの画像のみを見ることができるのであり、「絶海の孤像」と謂えよう。[16]
 「佛説百足般若波羅蜜多經」と題されているが、この内容に対応するサンスクリット語・パーリ語文献はなく、古今の目録にもその名は全く見えず、恐らく偽経であろう。「色色(いろいろ)」「空空(そらぞら)」といった語法に和習が見られることから、日本撰述経典である可能性が高い。訳者の「釋 佛智」なる人物についてもその経歴・事蹟共に未詳である。「ブッチ」という音から、「撫土」「物置」等、他の漢字である可能性も考えられるが、いずれにせよ管見の限り歴史資料の中に記載は見えない。
 全体の構成としては、始め十六字の頭部とそれ以降の胴部とに大きく分かれ、胴部の中でも「即是即非」から始まる一節は特別に尾部を形成している。頭部は短句ながら毒が含まれており、色欲を捨てきれない仏僧に咬み付く内容となっている。胴部では、万物を撥無するのみならず、万物を撥無する自らの言葉をも否定し、その過程で「非」の字が多く用いられ、それが縦に連なる有様はあたかもムカデの足のようである。尾部は胴部の締めくくりとも謂える内容で、その原理が是非・色空の判断の撥無から始まっていることを解き明かしている。
 「非」という字を足にして次々と進んでいく論理は、不快さを通り越して「非非快」とも謂える不思議な味わいを出している。このように出版されたのも、ある程度の需要を見込んだからだったのかもしれない。しかし、この画像に残るのみである現状から考えるに、やはりそれほど受け入れられなかったのであろう。
(2010.9.22)

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