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  J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ホ短調 BWV548よりフーガ
    Johann Sebastian Bach:Praludium und Fuge e-Moll BWV548 : Fuge


 旋律の力、というのが、バッハのフーガの特徴であると思う。
 フーガというのは、主題となる旋律が様々に変形して重なり合い、それが美しい和音と自然な展開を織り成すという、高度な論理性を要求する技法だ。バッハの作曲したフーガは、このような論理的構造の精緻さでよく知られているが、そもそもその主題となる音型自体が、単旋律でも深い味わいがあり、印象の強いものとなっている。こうした味わいの深さや印象の強さを、私は「旋律の力」と呼ぶのだ。
 そして、このように主題となる旋律に力があり、様々な音が行き交う中でもその個性を主張することができてこそ、構造を複雑にすることが可能となる。もし、主題に力が無いのに構造を複雑にすると、多くの音の中から主題を聴き出すことは困難となり、その曲は旋律の重なり合いではなく単なる和音の進行となってしまうだろう。フーガを始めとする対位法というのは、楽譜の上で旋律を複雑に絡め合うだけのパズルではなく、旋律の重なり合いを聴いて楽しむ音楽でなければならない。バッハが作ったフーガは、構造がどれほど複雑になっても、主題部分の旋律ははっきりと聴こえて来る。逆に言えば、旋律に力があったからこそ、複雑な構造の音楽を作ることができたのである。
 バッハのフーガを楽しむというのは、即ち、旋律の力を楽しむことである。曲の始めには単旋律で呈示される主題を味わい、そこから2声・3声と旋律が重ねられる度に緊張が高まって行く。そして、それがピークに達すると、高音部・中音部・低音部といった様々な音域から主題が次々と繰り出されるクライマックスを迎え、緊張が発散されて行く。主題の登場しない間奏部なども挟みつつ、このような旋律の重なり合い・絡み合いによって緊張と発散が繰り返され、それによって曲全体が自然に展開し、自然に収束する。このように、終始、旋律の力によって曲が運ばれるのだ。故に、まずは旋律を楽しまないことには始まらない。

 このホ短調のフーガも、その例に漏れない。一口に「バッハのフーガの旋律には力がある」と云っても、その中には明るく軽やかなものもあれば、流麗で美しいものもあるのだが、このフーガの主題となる旋律は、踏みしめるような力強さが特徴である。「楔のフーガ」と呼ばれるように、開始音から2小節の間徐々に上下に広がって行く音型が楔のようであり、非常によく印象に残る。この旋律の力強さを味わって頂きたい作品だ。

(2010.12.15)
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